【怒りを終わらせようとして、やっと氣づいたこと】
長い間、
私は「怒り」をどうにかしようとしてきました。
味わい尽くせば終わると思い込み感じ切ろうと努力してきたんです。
24年も怒りの感情と向き合ってきてそろそろ静かに終わらせたい。
本氣でそう思っていました。
でもある時、ふっと氣づいたんです。
「終わらせよう」としている限り、わたしははまだ怒りと向き合い続けているんだな、と。
怒りが湧くたびに
「またか…」と自分を責めていました。
スピリチュアルを学べば学ぶほどまだインナーチャイルドや過去世が癒されてないのか?
怒りを持つ自分は未熟なんじゃないか?
愛からズレているんじゃないか?
そんな思いが強くなっていきました。
でも、正直に言うと
怒りを消そうとすればするほど怒りが大きくなっていると感じたりする事もあり
ました。
転機はとても静かでした。
「もう、怒っていてもいいか」
そう思えた瞬間、
力がふっと抜けました。
怒りがあっても
説明しなくてもいい。
理解されなくてもいい。
怒りが湧く自分を赦せたんですね。
その時わかったのは
怒りは私の敵じゃなかった、ということ。
「それ以上入ってこないで」
「私はここにいる」
そんな声を、
ずっと私の代わりに上げてくれていただけでした。
怒りの奥にあったのは
『わかってほしかった』
『大切に扱ってほしかった』
とても素直で、
とても人間らしい氣持ちでした。
不思議なことに
怒りを無くそうとしなくなってから
怒りは少しずつ静かになっていきました。
消えた、というより
「もう大丈夫そうだね」
そんな顔で、席を立っていった感じです。
怒りは
成長できていない証でも
波動が低い証でもありません。
ちゃんと感じてきた人ほど
長く持つこともある。
そして
役目を終えたら
こちらが何もしなくても
自然に離れていく。
わたしは今、そう感じています。
もし今、怒りを抱えている人がいたら
無理に手放そうとしなくていい。
それは
あなたがダメだからじゃなく
あなたの境界線がちゃんと生きている証だから。
感情はなくなりません。
ただそこに引きずられない様になる。
その状態になるまで自分を癒す(赦す)
事も必要だと思います。
そのお手伝いをさせて下さい。
読んで頂きありがとうございます
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